" 名付ける " こと。
それはとても特別な行為です。
これまで紹介してきたオリジナルの生地たちに、私は名前を付けました。
それはただの記号や管理番号ではありません。
大切に育てながら、永く織り続けるために。
そしてなにより、皆さんに生地そのもののファンになってほしいから。
そんな願いを込めました。
ここで改めて、私がつくる3つの生地を紹介します。
ひとつめは Kuzuri Flannel No.9
クズリ・フランネル・ナンバーナインです。
(皆さんが呼ぶときは、9番色と呼んであげてください)
愛知県一宮市にて大正元年に創業した葛利毛織(くずりけおり)工業株式会社。
葛利毛織の歴史に敬意を払い、その系譜の上に生まれた生地です。
現代ではほとんど使われないションヘル織機を用いて、半世紀近く織り続けられたフランネル。
蓄積のなかで埋もれてしまった「9番色」を当時の生地台帳から発掘し、復刻しました。
深いチャコールグレーに近いその色は、光の加減によって柔らかく表情を変えます。
私の生地づくりに欠かせないのが、上村 直也さんという毛織物職人です。
「半・分解展」という私の美術展で出会ったとき、彼は学生でした。
いまでは頼れる職人のひとりとして一緒にものづくりを続けています。
Kuzuri Flannel No.9は、上村さんとの三度目となる生地づくりでした。
" 造形の抽出 " を主に掲げるブランド「gawa」において、定番となる生地をつくりたい。
その考えのもとに、造形美を最大限に引き出すための設計がされたフランネル。
堅牢でありながらもしなやか、そして穏やかでありながらも芯のある。
そこに積み重ねられた時間と職人の技術は、布に触れた人へ静かな感動を伝えてくれると信じています。
ふたつ目の生地は L’anglaise 1782
ラングレーズ・セブンティーン・エイティーツーです。
(呼び名は、ラングレーズまたはイチナナハチニなんてどうでしょう)
Kuzuri Flannel No.9の対極に位置づけられる、新たな挑戦の生地です。
こちらも企画・設計は上村 直也さんにお願いしています。
L’anglaise 1782のお手本となったのは「ローブ・ア・ラングレーズ」という18世紀末のドレスの断片でした。
目を惹くチェック柄の再現に挑むため、経糸の本数を数えてみると、ひと柄あたりなんと1782本。
現代では見ることのない、繊細なグラデーションに染められた糸が何本も連なっていたのです。
さらに私を胸を打ったのは、このドレスがつくられたのも1780年代ということ。
歴史と本数、偶然の一致から「ラングレーズ1782」と名付けました。
1782年はアメリカ独立戦争がまもなく終戦を迎え、フランス革命の足音が忍び寄るとき。
フランス宮廷文化が崩れ落ちる狭間のドレスなのです。
私はこの1782という生地を「苦しみを味わうための生地」だと思っています。
この大胆なチェック柄は可憐でありながらも、裁断するにはなかなか気を遣います。
そして18世紀の制約を宿したことで、デザインの深みは増し、裁断の自由は狭まります。
挑戦すればするほど、当時の職人たちの緊張感や困難が浮かび上がってきます。
けれどその苦しみこそが、美をかたちづくる力なのだと実感します。
L’anglaise 1782は、gawaにとっても挑戦そのものを象徴する布なのです。
深く狭く。
ものづくりの深淵に潜り込むきっかけを、あなたに与えてくれるでしょう。
最後にご紹介するのは Rose Chain 160
ローズ・チェーン・ワンシックスティです。
(私はローズチェーンまたはイチロクマルと呼ぼうかな)
これは刺繍家の飯田さんと共に進めている特別なプロジェクトです。
18世紀の紳士服に咲いていた手刺繍を、令和のいまに再構築する取り組みです。
1770年代、古典に傾倒しつつある文化/芸術は、服飾の刺繍においても変化を生みます。
鎖状に糸が連なるTambour chain stitch(タンブール・チェーンステッチ)による繊細な描写が流行しました。
バラの蕾ひとつに、約160針。
飯田さんが一刺し一刺し進めていく姿を見ていると、時間が布の上に刻まれていくのを実感します。
その技術に敬意を込めて「ローズチェーン160」と名付けました。
Rose Chain 160は、「刺繍された生地」としての販売も想定しています。
実は18世紀当時も、刺繍は完成品の衣服ではなく、生地の状態で売られていました。
お客が生地を買い取り、仕立て屋へと持参してスーツを注文していたのです。
(動画でも詳しく解説しています)
私たちもこの歴史的な方法で、生地のまま販売できるよう工夫を重ねています。
そのためには、ある程度の布の大きさを保持したまま刺繍しなければなりません。
そこが難しいのです。
販売できるのは年に数mになるでしょうが、それでも挑戦してみたい表現なのです。
生地を額装して飾っていただいても良いし、実際に服として仕立てても良い。
どちらにしても、そこに込められた手仕事は確かな存在感を放ちます。
このようにして、それぞれの生地に名前を与えることは、単なるラベル付けではありません。
布に込められた歴史や職人の労を記録し、その魅力と挑戦の跡を未来へと伝えるための行為です。
Kuzuri Flannel No.9 は伝統と復刻。
L’anglaise 1782 は挑戦と苦悩。
Rose Chain 160 は手仕事と敬意。
それぞれが異なる方向を示しながらも、いずれも「永く続けたい」「大切に育てたい」という思いを共有しています。
半・分解展の生地づくり、ご期待ください。