服をほどき、布を織り、歴史を学ぶ

gawa

「かわいいから」
それが、この生地を織りたいと思った最初の理由でした。

衣服標本家として衣服を見ていると、どうしても「歴史的意義」や「構造の分析」から入ってしまいます。
けれど、この18世紀のチェック柄を目にしたときに心を動かしたのは、もっと単純な感覚でした。

素朴で知的で、それでいて愛らしい。
しかも薄く繊細なシルクの質感は、私にとって新しい領域でした。
だからこそ、挑戦してみたいと思ったのです。

 

この生地には、現代のチェックにはない「自由さ」が宿っています。
18世紀末に織られたチェック柄の布は、ただの装飾や模様ではありませんでした。それは時代の空気を写しとる鏡のような存在だったのです。

Image source: Dress, 1770-78.DAR Museum.


都市の女性たちが、洗練された宮廷の装いを離れ、あえて素朴な田園風のスタイルをまとうとき。そこには自然回帰の思想や「飾らない可憐さ」への憧れがありました。

一方で、格子模様が知的で幾何学的なリズムを生み出し、啓蒙の世紀にふさわしい理知的な印象を与えることもありました。
つまりチェック柄は、女性たちに「可愛いらしさ」と「知性」という両極の表現を許す稀有な布だったのです。

 

さらに当時のチェック柄は、工業化以前の不揃いな糸や織りの偶然性をそのまま抱え込み、均一性と規則性が問われる現代のチェック柄とは異なる「緩みや揺らぎ」を見せてくれるのです。
その曖昧さこそが、18世紀の自由な空気を纏わせているともいえるでしょう。

だからこそ、チェックは単なる模様以上のもの。
18世紀の人々の生活観や思想までも映し出す「生きたデザイン」だったのです。
その振れ幅の広さが、今なお私を惹きつけます。

私は今回、シルクで織られた18世紀の布を、あえてウールで織ろうとしています。

繊細なシルクは美しい反面、扱いが難しい。
そこで現代のつくり手が肩の力を抜いて楽しめるように、素材を置き換えたのです。
歴史に対する忠実な再現ではなく、時代を超えた「再解釈」としての生地。
そうすることで、この18世紀の布は「ただ眺めるもの」から「実際に縫い、着るもの」へと息を吹き返します。

 

そして、このドレスには、もうひとつの物語があります。
現存する姿は完全ではなく、スカート部分が切り取られ、ボディス(上半身)だけが残されていたのです。


著書:あたらしい近代服飾史の教科書. 390ページ参照.

スカート部分は別の衣服に仕立て直されたと考えるのが自然でしょう。
18世紀の衣服は、高価で貴重だったがゆえに、何度も仕立て直され、愛され続けるのが当たり前でした。
衣服は一度限りのものではなく、再び命を吹き込まれて生き延びる存在だったのです。

私はこの事実に強く惹かれます。再利用されることで衣服が生き続けたように、私もまた、この断片から学び取り、新たなかたちとして再構築していきたい。
それは「失われたものを再現する」ためではなく、「歴史に敬意を払いながら、現代につなげる」ための挑戦です。

 

本物が歩んできた時間の重みを受け取りながら、今を生きる生地として優しく手を添える
今、私がつくっているこのチェック柄には、そんな思いを織り込んでいます。


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