この物語りは、遥々英国から私の元へとやってきた「歴史的なドレスの断片」から始まりました。
そして先日、ついにオリジナル生地 L'anglaise 1782(ラングレーズ イチナナハチニ)の試織※が織り上がったことを、皆さまにお知らせします。
(※ししょく:本生産前の見本のこと)

いかがでしょうか。
この美しいドレープ感。
高密度で織りながらも、軽やかに揺れ動くしなやかさ。
愛らしいチェック柄のなかに宿る、知的な創造性。
想像を超える魅力的な生地に仕上がりました。

「18世紀・婦人服・シルクタフタ・チェック柄」という、これまでに経験したことのない生地づくりに向き合い、挑戦してきました。
今ようやくスタートラインに立てています。
ここから最終調整を加え、いよいよ本生産に入っていきます。
この物語りは「L'anglaise 1782」のタグにまとめています。
今回の記事は総集編として、改めて試織までの道のりを紹介します。

このドレスは1780年ごろにつくられたRobe à l'anglaise(ローブ・ア・ラングレーズ)と呼ばれる1着。
約250年間を生き延びるなかで、下半身は切り取られ、上半身のみが残された状態でした。
布が貴重だった時代、下半身のスカート部分は布面積が広いために「リメイクの材料」として切り取られ、再利用されることがあったのです。
そうして、このドレスもまた、時代の流れに翻弄されながら、姿を変えていったのでしょう。

このような上半身単体になってしまったドレスは、見栄えが劣るために美術館で取り扱われることは少なく、なかなか日の目を見ないのが実情です。
ただ、私の目には唯一無二の作品に映りました。
かすれてしまったピンク色や愛らしいチェック柄、そして歴史を背負った佇まい。
そのすべてが、私にとっては価値となり得たのです。
決して安くはない金額でしたが、長年取引のある信頼できる英国のディーラーから買い取り、お迎えしました。

そして2025年。
独立10年目を前にして、私は ものづくりブランド「gawa」(がわ)を立ち上げることにしました。
研究発表の場として継続してきた展覧会「半・分解展」で出会った職人たちと共に、「つくる楽しみを共有するブランド」を表現したいのです。
gawaでは、完成品となる衣服はもちろんのこと、型紙から生地、ボタンなどの付属品まで、ものづくりに必要な素材すべてを販売します。
販売するすべての製品が、半・分解展が所蔵する歴史的な衣服から一気通貫でつくられます。

gawaのものづくりにおいて、もっとも挑戦的な表現が、このL'anglaise 1782です。
18世紀のシルクタフタ生地を再現するのではなく、シルクをウールに置き換えてgawaらしく「再構築」する。
これまで歴史的な生地の再現に一緒に取り組んできた葛利毛織(くずりけおり)工業の上村さんの力を借りて、手探りで進めてきました。

名前に込めた「1782」は、生地解析のときに出会った数字です。
ローブ・ア・ラングレーズのチェック柄を調べるために、経糸(たていと)の本数を丸2日かけて数えました。
そうして導き出された本数が「ひと柄あたり1782本」
18世紀の職人は、きめ細やかなグラデーションを表現するために、現代では見ることのない膨大な数の糸を用いていたのです。

本数や色味の調整を重ね、糸が完成し、いよいよ生地を織る準備が整いました。
そして、あえて「葛利毛織では織らない」という選択をとりました。
18世紀に手織りでつくられた複雑で緻密なチェック柄をつくるためには、最新鋭の織機でなければいけなかったのです。
ベルギー・Picanol(ピカノール)社製のレピア織機に目星をつけ、葛利毛織工業からほど近いシバタテクノテキス株式会社にお願いしました。
半・分解展が収集/研究し、上村さんが解析/設計する。
そして、柴田さんに製織を託す。
バトンが繋がるようにL'anglaise 1782は織られていったのです。

織機に経糸が掛かる。ここに緯糸(よこいと)を通し、布となる。

私が生地に込めた想いはひとつだけではありません。
紳士服を専門に研究する者として、紳士の美学を込めました。
いや、「制約」といっても良いでしょう。
美しき18世紀の制約を込めたのです。
それは、芸術とまで謳われた布地を、無駄なく使用するための技法でした。
18世紀の職工たちは、模様の位置を逆算し、あらかじめ布地に " 裁断の導き " を織り込んでいたのです。

当時のモチーフを分析し、模様を生地に織り込んでいく。

18世紀の創意工夫を取り入れることで、現代のものづくりにも知的な遊びが生まれます。
当時の制約に沿って、この模様部分で「くるみボタン」をつくっても良いでしょう。
または模様を型紙の端に沿わして、デザインとして魅せることも可能です。
L'anglaise 1782に宿した制約が、あなたのものづくりを自由に羽ばたかせるのです。

長い道のりを経て織りあがったこの試織は、わずか15mほど。
ここがスタート地点なのです。
これから始まる本生産に向けて、細かな修正を加えていきます。
gawaは、ひとつひとつのクリエイティブを、皆さんに丁寧に伝えることを大切にしています。
「失敗すらも愛おしい」この想いは、歴史的な衣服から教わったことです。
ステッチがずれたドレス、忘れられた刺繍の痕跡、ツギハギになった縫い目たち。
歪さがあるからこそ愛着を感じ、ただひとつの存在となるのです。
この試織にも、たくさんの失敗が詰め込まれています。
そんな失敗の痕跡も皆さんに知ってもらいたいと考えています。

それが、「色」です。
上記画像の矢印部分をご覧ください。
色が変わっているのが確認できます。
18世紀の色彩を求めて、ウール糸を何色にも染め上げ、検証してきました。
「これだ!」と確信し、織機にセットして織り始めるも、そう簡単に過去に追いつけるものではありません。
想定よりも数段濃い色に織りあがってしまったのです。
ロココ朝のやわらかく淡い色調を再現すべく、途中から緯糸を薄い色味に差し替えて、織り直していきました。
そのため、生地の途中から色の濃度が変化しているのです。

悩ましいかな。
現代の大量生産において、これはまぎれもない失敗なのですが、どうにも可愛い表情をしています。
愛おしいのです。
通常でしたら廃棄してしまう部分ですが、私はすべてを買い取りました。
だって、どの色も、どの糸も、一生懸命に18世紀を追いかけて生み出したものですから。
ちょっと濃くなってしまったこの部分を活かすように、自身のものづくりの仕方を創意工夫すれば、想像を超えた作品ができるはずです。

このL'anglaise 1782の試織は、2025年11月22日から開催する【半・分解展 大阪】
そして、12月10日から開催する【アール・ヌーヴォーとスーツ】にて展示します。
両展示ともに入場券を発売中です。
ぜひ、手にとって生地の質感を確かめてみてください。
ウール100%とは思えない非常に独特な肌触りをしています。
2026年3月ごろには本生産も織りあがります。
準備ができ次第、生地の販売も予定しております。
また、展示会場にお越しいただけない方にも分かりやすいように、生地の解説動画も準備中です。
ものづくりを愛する人の、心揺さぶる生地でありますように。
gawaのオリジナル生地にご期待ください。