祖母のミシンに導かれ、18世紀へ

Portraits

 

前回の「Portraits」では、オリジナル生地の企画/設計を担当する毛織物職人 上村直也さんを紹介しました。
糸を紡ぐ人がいて、布を織る人がいる。そこから服の物語は始まります。

そして今回は、私の型紙を手に取り、自らの針で歴史の衣服を仕立て、身に纏う「じんさん」を紹介します。

作り手と受け手、立場は違っても、どちらも半・分解展を支える大切な人です。
そして同時に、私の興味を惹く面白い人でもあるのです。

 



【なぜ洋裁を始めたのですか?】という問いに、じんさんは「祖母」の存在を語ってくれました。

きっかけは、祖母が使っていた足踏みミシン
(電気を使わず、足の動きで針を進める古典的なミシンのこと)

耳にのこるカタカタという音が、祖母との思い出。
「祖母は洋裁をする人で、大切な人に会うときには、必ず自分で仕立てた洋服を着て出かけていました。」


それは相手への敬意を表す、温かな思いやりだったのかもしれません。

 

そんな祖母の姿を受け継ぐように、じんさんも趣味であるクラシックカーのイベントに出向くときは、自ら仕立てた服を纏っています

モノだけでなく、行為や心の在り方までもが受け継がれているエピソードに思わずほっこりしてしまいました。

祖母の面影を投影するように洋裁にのめり込んでいったじんさん

本業であるエンジニアの仕事の合間を縫って、少しずつ紳士服の定番アイテムを仕立てるようになりました。
クラシカルでトラッドな紳士服への憧れがあったといいます。

 

そんな折、NHKの番組で私を知り、そこから「半・分解展」に辿り着いたそうです。
(人生デザイン U-29 という番組↑ この頃はまだ衣服標本家ではなかった)

半・分解展という展示のみならず、研究した型紙が販売されていることを知り、思い切って1940年代英国陸軍バイク部隊の「ストームコートの型紙」の購入を決意したそうです。

「正直、不安でした」とじんさんは振り返ります

「趣味で洋裁を始めた自分に、高額な型紙に見合う技術があるのか」
「完成まで辿り着くことができるのだろうか」

けれどもそれ以上に「歴史的な型紙で洋服をつくってみたい!」という好奇心が勝ったと微笑みながら話してくれました。
そして無心で、勢いのままに針を進めていったといいます。

 

(わからない箇所は試作をつくり、確認しながら進めていったそう)


【半・分解展の型紙は、市販の型紙と比べてどうでしたか?】と尋ねると、じんさんは「謎解きをしている感覚だった」と答えてくれました。

「縫い代の処理や裏地の付け方など、説明がすべて揃っているわけではない、ときには自ら資料を探し、手探りで進める必要があった」

「それでも、下手でもいいから完成させようと決めて、製作に没頭した」

ついにストームコートが縫い上がったとき、「難易度の高い挑戦をやりきった『自信』が手の中に残った。」と語ってくれました。

 

(完成したストームコートを着こなすじんさん)


私がじんさんのことを知ったキッカケが、正にこのストームコートでした。

SNSにアップされた、オレンジ色のストームコートを颯爽と着こなす姿を見たとき、自分のなかで新たな感動が芽生えたのを強く覚えています。

自分が好奇心のままに研究し製作した型紙を、こんなにも美しくアレンジして形にして、着てくれる人がいるのかと...
私がやりたいものづくりは、まさにこれだ!と確信する出来事でした。

 

その後じんさんは、ストームコートに続き、数々の大物アイテムを手掛けるようになります。

↑画像左から、
1902年英国陸軍「ブリティッシュアーミーオーバーコート」
1870年代フランス「コーチマンズオーバーコート」
1917年アメリカ「プリペアドゥニス コート」

縫うだけではなく " 着こなして " しまう。
私はそこに惚れています。

 

じんさんの創作意欲は燃え上がるばかりです
紳士服に留まらず、女性物の「ヨークケープ」や「ヴィジット ロング」などの女性物にも挑戦し、表現の幅を広げています。

上記写真は、1892年英国のヨークケープです。
見てくださいこの絶妙な生地選びを。
既製品ではなかなか見ない、レトロさもありながらエレガントな色使いです。
(もうプロ並みの実力...)

 

そして、じんさんの最新作がこちら。
18世紀の紳士服「アビ・ア・ラ・フランセーズ」です。

半・分解展の型紙のなかでも非常に古く、難易度も高いアイテムです。

【アビをつくってみてどうでしたか?】と聞いてみました。
すると、完成したアビ・ア・ラ・フランセーズに袖を通したとき、「新しい感覚を得た」と答えてくれました。

それは「日常の中にアビがある」という不思議な実感


派手に見える衣装も、歴史をたどれば伝統的な紳士服のひとつ。
250年前の衣装を着て、当たり前のように外出することは " 楽しい違和感 " に満ちているといいます。

「気負わず自然体で着てみれば、誰も二世紀も前の型紙からつくられた服だとは気付かない」
「日常にどう溶け込ませるか?そこに遊びの感覚があり、その挑戦こそが楽しさになっている」と笑いながら話してくれました。

確かにその通りです。
袖を通せば、思いのほか馴染む。
古すぎて、もはや新鮮に見えるのです。

 

(奥さまのために仕立てられたヴィジット ロング)


じんさんの話を聞いていると、型紙は単なる縫製の設計図ではなく、歴史と現代をつなぐ媒介であることを改めて感じます。

半・分解展の型紙は簡単ではありません

しかし、挑む人の好奇心と熱意を引き出し、やりきったあとには確かな自信を与えてくれる存在です

興味の赴くままに、半・分解展の型紙に挑戦してくれたじんさん。

その姿は、私にとっても励みであり " 廃れてしまった美の構造 " を、現代に蘇らせる戦友のような感覚すら覚えます。


「難しいからこそ、楽しさある。」
そう語るじんさんの姿勢が、これから洋裁に挑戦しようとする方の背中を押してくれるに違いありません。

じんさんの洋裁の様子が垣間見えるSNSはこちら
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