時を咲かせて

gawa Rose Chain 160

 

これまで生地づくりのことを中心に紹介してきましたが生地だけではありません。
" 刺繍の再現 " にも取り組んでいるのです。

今回は、刺繍家の飯田さんと一緒に挑戦している、1770年代の「アビ・ア・ラ・フランセーズ」の刺繍再現を紹介します。

写真は、制作中の一場面です。

 

不定期に開催している「ソーイング・ピクニック」にて、公開刺繍をしていただきました。(次回は10月5日開催、飯田さんも参加予定)

針の先から一針ずつ花びらが立ち上がり、やがて大輪の花へと広がっていく様子を間近で見ると、まるで18世紀に時間が巻き戻っていくような気持ちになります。
当時と同じく、すべて手刺繍による仕事です。

 

当時のアビ・ア・ラ・フランセーズに施される刺繍は、絹地に絹糸で行われるのが一般的でした。

生地そのものの光沢と、絹糸が放つ艶やかな輝きが重なり合い、まさに「宮廷で映えるための服」として、強い存在感を放っていたのです。

刺繍は単なる装飾ではなく、着る人の社会的地位や美的感覚を可視化する役割を持っていました。

 

お手本となったアビ。
あたらしい近代服飾史の教科書の表紙にもなった子です。

18世紀における紳士服の刺繍は、ひとつの芸術領域でした。

ロココの美学が頂点に達した時代、コートやウエストコートの前身頃、ポケット、袖口にまで、緻密な刺繍が施されました。
花、蔓草、鳥、ときには中国趣味のモチーフまでも取り込まれ、その華やかさは社交界における競い合いの道具でもあったのです。

その中でも、最高峰の芸術品と崇められていたのが、フランス産の刺繍生地です。

 

そして、この繊細な刺繍を担ったのが、熟練の刺繍職人たちでした。

パリには多くの刺繍工房が存在し、王侯貴族に仕えるお抱え職人も含め、男性服飾における刺繍の一大産業を支えていました。

絹糸を操り、精緻な図案を布の上に咲かせていくその手仕事は、今日の私たちが「芸術」と呼ぶにふさわしいものです。針の一刺しには、職人たちの時間と誇りが込められていたのです。

 

飯田さんの細かな手刺繍。定規を添えて...

今回の再現は、ただの再現ではありません。
絹地ではなくウールの生地に、そして刺繍糸も絹糸ではなくコットンの糸で挑戦しています。

絹の輝きはなく、コットン糸はふっくらとしたウール生地に沈み込むため、当時のものと比べると光沢や迫力は控えめです。

その代わりに、柔らかく落ち着いた雰囲気が漂い、まるで何世代も時を経て馴染んだような趣きを見せています。
シルクの華やかさとは異なる「静かなる美」を表現しました。

(そして何を隠そうこのウール生地は、以前上村さんと一緒につくった「ブロードクロス」の最後の残りです。)

 

飯田さんによる手書きの図案。この図案を生地に転写し、刺繍をする。

今回の再現した刺繍生地は、2025年11月に開催予定の「半・分解展 大阪」にて展示をする予定です。

ただし、刺繍を施した生地の状態のままで展示するのか、それとも実際にアビ・ア・ラ・フランセーズとして縫い上げ、完成形の衣服として展示するのか。
どちらにも魅力があり、悩ましいところです。

生地のままなら針目の一つひとつが鮮明に伝わり、刺繍の裏面までじっくり確認することができるでしょう。
衣服の形に仕立てれば当時の全体像を実感していただけます。
どうなるのか、楽しみにしていてください。

 

画面中央の「バラの花の部分」だけで、約160針。

この再現は、失われた衣服の美しさを現代にもう一度呼び起こす試みです。

針を動かすたびに浮かび上がる花模様は、250年前の紳士服に刻まれた美意識を語りかけてくれます。
シルクの輝きはなくとも、ここにあるのは確かに18世紀の精神なのです。

今後はPortraitsのタグにて、刺繍家 飯田さん自身のことも紹介したいと思っています。
とても興味深い人物ですよ。

 


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