9番色、再び

gawa

変わらぬ空気と、変わらぬ手の動き。
ここでは今も、半世紀前と同じ「ションヘル織機」が糸を渡し、布を織っています。

 

愛知県一宮市(いちのみやし)。
7月末、35度を超える猛暑日。
大正元年に創業した葛利毛織(くずりけおり)工業株式会社に足を踏み入れると、外の熱気がすっと遠のき、胸の奥に静けさが戻ってくるような。
そこは、日常の向こうにひっそりと隠されていた聖域のようにすら感じます。

1時間にわずか1.5メートル。
ゆっくりと、確実に、布は呼吸をするように形を成していきます。

この低い音とゆるやかな動きが、何十年も守り続けてきた歴史的な生地があります。
その名は「フランネル」
16世紀ヨーロッパで生まれ、丈夫で、しなやかで、使い込むほどに馴染む毛織物です。
葛利毛織がこの布を織り始めたのは、半世紀も前のこと。
その織りは今も変わらず鳴り響き、着る人の時間に寄り添い続けています。

 

私が始めるブランドの主柱となる生地こそが、葛利毛織のフランネルです。
「みんなと、つくる楽しみを共有する」というゴールに、これほど適した生地は他にありません。

工場の奥に眠る古い棚から、掘り起こしたフランネルの生地台帳。
そこには、もう二度と織られることのない、静かに姿を消した色がありました。

「9番色のフランネル」
半世紀前の空気を纏ったその色を、もう一度現代に蘇らせたい。

 

しかし、当時の原料はもう存在しません。
新たに糸を選び、色を練り直し、9番色フランネルの復刻に挑みました。
それは、ただの再現ではなく、布に宿る時間を織り直し、未来へと手渡すための行為です。

この夏、その色は再び、ションヘル織機の上で息を吹き返します。


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