悪戦苦闘が続く18世紀の「チェック柄のシルク生地」の再構築。
前回記事では、お手本となるドレスの断片を紹介しました。
今回は、生地の解析結果をレポートします。
毛織物職人・上村直也さんがポストした #250年前の絹織物を再構築する をもとに記事を書き起こしています。

生地づくりおいて、まず私たちが始めたのは、とことん本物と向き合うことです。
上村さんがルーペを片手に糸を1本1本数え上げ、丸2日がかりで記録してくれた結果は、想像以上に緻密で、そして奥深いものでした。
ひと柄あたり「1782本」
現代の織物設計では、ほとんど見られない数字です。
この生地は、細い糸を高密度に織り込むことで絶妙なグラデーションを成立させ、独特の張りと輝きをまとっていたことが分かりました。

さらに私たちを驚かせたのは、この布に込められた色彩の設計です。
経糸だけで8色、緯糸を加えると合計10色。
※織りの世界では縦の糸を経糸(たていと)、横の糸を緯糸(よこいと)といいます。
しかも経糸は、わずかに異なる生成りやグレーを重ねる繊細なグラデーションでした。まさか、ここまでとは...
現代の生地づくりでは企画すらされないほどのこだわりように、当時の美的感覚の豊かさが浮かび上がります。
そして、この生地づくりにおいて最難関となるのが全体の【色合わせ】です。

経糸が生成りを基調とする一方で、緯糸はピンクを主体に柄を構成しています。
いわゆるシャンブレー構造です。
そして緯糸には強いハリがあるにも関わらず、密度は経糸の半分ほど。
恐らく緯糸の太さは経糸の倍近かったと推測できます。
だからこそ緯糸の色が前面に出て、柄全体・生地そのものの印象を形づくっていたのです。
(後に、この緯糸の選定で大失敗します)

色は相対的に影響し合い、最終的な見え方が決まります。
灰色に見えていた部分が、実は深緑で織られていたと気づいた瞬間、私たちは18世紀の職人の計算力に驚かされました。
解析を終えて、いよいよ糸の選定に進むことができます。
膨大な量の色見本と向き合い、ひとつひとつの色を重ね合わせ、18世紀の10色を導き出します。

今回の私たちの挑戦は、このシルク生地をただ再現することではありません。
私たちが愛してやまない「ウールの生地」として再構築することです。
そこで、葛利毛織が扱うなかで、もっとも細いウール糸「2/110」を染めて、平織りの限界密度に挑む試織を行いました。
※試織(ししょく)とは文字通り、試しに織って確認することです。

上記画像は「ビーカー」と呼ばれる染め見本。選び抜いた10色にウール糸を染めて確認する作業。
試織は盛大に失敗しました。
想像以上に緯糸の色味が強く出すぎてしまい、生地全体が濃いピンク色となってしまったのです。
淡く儚いロココの色彩に、なかなか手が届きません。
本物と向き合い、ここまで手間と時間をかけても尚、歴史を振り返ることは一筋縄ではいかないのです。

上村さんとの仕事は、失敗が楽しい。
私たちは「好き」という気持ちを共有しています。
そうでなければ、この物語りは始まることもなく、進むこともできません。
「失敗が、できる」
私たちは、それぞれがそれぞれの職人だからこそ、失敗から学べることを痛いほど理解しています。
そして私たちは、失敗ができる関係であり、失敗を共に乗り越える信頼があります。

18世紀の布は、糸の太さや色のわずかな違いを繊細に積み重ねることで成立していました。
揺らぎのように見える美しさも、実は緻密な設計の上に築かれていたことに失敗を通してようやく触れることができたのです。
次回は、工場での試織の様子をお届けします。
この生地を皆さんに届けるべく、私は、すべてをオープンにしていきます。
生地づくりも、半・分解展と同じです。
私は皆さんと信頼関係を築きたいのです。